今日はカナダのオンタリオ州の子どもの貧困対策についてお伝えしたいと思います。
カナダのオンタリオ州で子どもの貧困対策が始まったのは今から25年以上前の1989年です。1989年に子どもの貧困率が10%を示していることが明らかになって以降、様々な調査、施策が実施されてきました。しかし、2008年のデータは子どもの貧困率が15.2%であり数値が上昇してしまっていることを示しています。これには貿易の自由化、グローバリゼーション、賃金の減少、非正規労働の拡大、移民政策の変化そして2つの大きな不景気など多くの影響があります。ただ明確だったのは子どもの貧困対策が一朝一夕に解決されるものではないということでした。
このような状況を鑑み、オンタリオ州は2008年に新たな貧困対策をBreaking the Cycleとしてまとめ発表しました。
Breaking the Cycleは包括的かつ成果志向の対貧困戦略の大綱であり、貧困が多様な側面を持つ複雑な現象であることを十分に認識した上で策定されています。Breaking the Cycleの中で扱われたのは雇用と賃金の安定化、住宅の保障(つまりホームレス対策)、そして子どもの貧困対策でした。中でも子どもの貧困対策は最重要課題として位置づけられ、2008年の数字を基準として子どもの貧困率を5年間で25%下げるという目標が掲げられました。そして実際に対策は功を奏し、3年後の2011年には子どもの貧困率は13.6%となり2008年の15.2%から1.6%の減少に成功しています。世界的な不況の影響や国からの支援の少なさもあり目標値の達成にこそ至っていませんが、その3年間で47000人の子どもとその家族が貧困状態から脱し、2011年だけで61000人の子どもとその家族が貧困状態に陥るのを防いだそうです。現在貧困状態の子どもの人数が55万人と言われているので、この数字はことさら大きいものだと思います。
また、Ontario Child Benefit(オンタリオ子ども手当)が子どもの貧困対策の柱として開始されたこともBreaking the Cycleの大きな成果の1つだと思います。貧困家庭の子どもたちへの給付金として一人あたり年間250カナダドルから始まったこの子ども手当ですが、現在は最大で一人当たり1310カナダドルまで上がっています。この子ども手当を現在オンタリオ州の50万世帯以上の家庭が受給しており、全体でだいたい10億カナダドル規模のお金が毎年投資されているようです。オンタリオ子ども手当だけ見ると日本の子ども手当の額と比べてそれほど充実しているようには見えませんが、カナダには国レベルでも複数の子ども手当(Canada Child Tax BenefitやUniversal Child Care Benefit)を支給しており、全て合わせるとかなりの額になります。例えば9歳と10歳の子どもがいるひとり親家庭で、親が最低賃金に近い額で働いている場合には全ての手当を合わせると12,000カナダドル(100万円)以上の額が給付されることになります。こういった子ども手当の充実化そして最低賃金の上昇の結果、2003年には同様の家庭では実質的な収入が20,000カナダドル以下だったのが2014年には34,000カナダドル以上に上昇しています。
下の図は2008年から2011年までの再配分による貧困率の低減具合を示した図です。カナダ政府そしてオンタリオ州政府の介入による再配分が貧困を緩和させているのが見てとれます(どこかの国の再配分とは大きな違いです)。
さて、2014年の9月にオンタリオ州政府は第2期対貧困5カ年計画を策定しました。それはBreaking the Cycleで展開された貧困対策を引き継ぐものでRealizing Our Potentialとしてまとめられています。
以下でRealizing Our Potentialで紹介されているオンタリオ子ども手当以外の子どもの貧困対策を紹介します。対策領域は子どもたちの食事、医療、メンタルヘルス、教育で、教育はさらに幼児教育やネイティブカナディアンの子どもたちへの支援などを含みます。また、以上のものと合わせて雇用の領域に含まれている若者への就労支援も紹介します。
食事支援
Student Nutrition Programというプログラムが展開されています。このプログラムは支援の必要性の高いコミュニティを中心にオンタリオ全体で展開されており、幼稚園から高校生そして若者まで支援対象となっています。2012年度には70万人の子どもと若者に食事を提供しています。州政府はさらに5万6千人の子どもと若者に朝食を提供するために今後3年でさらに32万カナダドルをかけて340箇所にプログラムを展開していく予定です。これらの食事支援は主に学校の中で実施されているのが特徴です。学校を中心にプログラムを展開することで多くの子どもたちに食事を提供することに成功しています。また、この食事支援はネイティブカナディアンの居住区内の学校にも展開されています。
医療支援
Healthy Smile Ontarioという歯科医療のプログラムが7万人の子どもたちに提供されています。これは貧困世帯の子どもほど歯科医療のニーズが高い割りに医療費が高いためです。また、Health Benefits for Children and Youthという貧困世帯の子どもたち向けの医療手当も給付されています。
※日本とカナダでは根本的に医療のシステムが異なります。残念ながらここでは全てを説明することができません。
メンタルヘルス
オンタリオ州ではおよそ20%の人たちが人生のどこかでメンタルヘルスの問題を抱え、2.5%が深刻な精神病を患っています。深刻な精神病を患う人が失業状態にある割合は70%から90%と言われており、彼らの多くが貧困状態に陥るリスクを抱えています。メンタルヘルスの問題は人生の早い段階から始まることが知られており、70%が子ども時代や思春期から問題を抱えています。こういった状況を踏まえて、州政府はComprehensive Mental Health and Addictions Strategy: Open Minds, Healthy Mindsという10カ年のメンタルヘルスへの取り組み計画を策定しました。この最初の3年は特に子どもと若者のメンタルヘルスに焦点が当てられ、9300万カナダドルの予算が投じられました。5万5千人の子どもとその家族が早期の問題の発見、質の高いサービスへのアクセス、ニーズに即した支援を保障されています。また、ネイティブカナディアンの居住区における若者の高い自殺率やメンタルヘルスの問題を考慮し、ネイティブカナディアンへの支援に特化したソーシャルワーカーの育成や特別な支援プランの策定なども行われています。
結果の平等志向の教育システム
オンタリオ州は過去10年で大きく教育改革を成功させています。2003年には3年生と6年生に対して実施される英語と算数の標準テストにおいて53%しか合格ラインを超えていませんでしたが、2012年には72%にまで上昇しています。また、2004年には高校卒業率は68%でしたが2012年には83%まで上昇しています。
OECDが実施するPISAでもオンタリオ州の子どもたちは非常に良い成績を示してきました。また、同時に階層の違いによるテストスコアの差が小さいことも明らかになっています。これは多くの移民の子どもたちが常にやってくる状況を考えれば驚異的な成果といえるでしょう。
オンタリオ州では子どもたちの潜在能力の実現を阻む障壁を無くすことが常に意識され、Equityつまり結果の平等が目指されてきました。実際に、オンタリオ州の教育ビジョンとして作成された『卓越した成果の達成 −新教育ビジョン-』(Achieving Excellence: A Renewed Vision for Education)は「卓越した成果の達成(Achieving Excellence)」、「ウェルビーイングの促進(Promoting Wellbeing)」、「公教育への信頼感の醸成(Enhancing Public Confidence)」そして「結果の平等の保障(Ensuring Equity)」から構成されています。
オンタリオ州は「結果の平等の保障」の実現のためにさらにインクルーシブ教育の浸透のためのプランを策定し様々な改革を行っています。これについてはまた別の機会に書きたいと思います。
幼児教育
オンタリオでは幼児教育への投資を大変重要視しています。質の高い幼児教育を子どもたちに提供することで早期に子どもたちの学習ニーズを明確にし、適切な介入を行うことができます。その結果、階層差による教育成果への影響を緩和することが可能です。
オンタリオ州では全ての子どもたちが4歳から幼稚園学級(Full-Day Kindergarten)に通います。そして幼稚園学級の多くは小学校の内部にあります。また、小学校の中には子育て支援センター(Parenting Center)があることも多いです。このように幼稚園学級や子育て支援センターを小学校の内部に設けることで、子どもたちが幼い時から学校に親しみ、親を巻き込むことが可能となっています。
オンタリオ州の幼児教育のカリキュラムはプレイベースドラーニング(Play-Based Learning)という考え方で構成されています。幼い時から子どもたちを机に縛り付けて知育を行うのではなく、子どもたちが遊びを通じて自然に育む好奇心や探究心を大切にする学びのあり方が追究されています。このプレイベースドラーニングは幼稚園学級だけでなく保育園(Day care)やその他の幼児に関わる全ての施設で徹底されており、幼児教育の専門性が社会全体で大切にされています。このプレイベースドラーニングについても別途ブログ記事を書く予定です。
様々な理由から親と暮らせない子どもたちへの支援
カナダ英語でCrown wardsという単語があります。これは様々な理由から血縁上の親と一緒に暮らすことが出来なくなった子どもたちのことを指す単語です。こういった子どもたちは大学教育へのアクセスや労働市場への一歩を踏み出すにあたり多くの障壁に出くわします。
オンタリオ州では「100%の授業料援助(100% Tuition Aid for Youth Leaving Care)」というプログラムを実施しており、こういった子どもたちに対する大学授業料の無償化を実現しています。またLiving and Learning Grantという奨学金の給付も行っており、月々5万円が支払われます。さらに、社会に出るCrown wardの若者に対してYouth-in-Transition Worker Programというプログラムも実施されており、420万カナダドルを投資して16歳から24歳の子ども・若者への就労支援も行っています。また200万カナダドルを投じて高校生への学習支援なども実施しています。
ネイティブカナディアンの子どもたちへの支援
カナダは過去のネイティブカナディアンへの侵略の歴史を深く反省し、支配でもなく統合でもない共生の道を模索しています。この内容だけでブログ記事が何本も書けてしまうほど複雑で難しい問題なのでここではどのような支援が行われているかしか書くことが出来ませんが、過去の歴史を振り返りマイノリティへの適切な支援を社会全体でしないといけないことをカナダは示している思います。
ネイティブカナディアンのコミュニティ全体の貧困の問題や文化的差異の存在からネイティブカナディアンの子どもたちの教育達成度は他の子どもたちに比べて大きく下回っていることが知られています。オンタリオ州はAboriginal Education Strategyというアクションプランを策定し、ネイティブカナディアンの子どもたちの学習成果とウェルビーイングの向上のための改革を進めています。またPostsecondary Education Fund for Aboriginal Learersという基金が設立されており、3000万カナダドルが大学などネイティブカナディアンの学生の学習を支える機関に分配されています。また、同基金は毎年150万カナダドルを奨学金としてネイティブカナディアンの学生に給付しています。
ここに紹介していないものもまだまだありますが(例えば、学童やサマーキャンプなどは貧困世帯の子どもたちは格安で利用することができます)、以上が対子どもの貧困としての主な取り組みです。
若者への就労支援
雇用と収入の保障のための対策でも若者への支援が重点投資領域になっています。オンタリオ州政府はオンタリオ若者徒弟プログラム(Ontario Youth Apprenticeship Program )を実施しており、2013年度は21603人の高校1年生と2年生に職業訓練を提供し、手に職をつけて高校を卒業できるように支援しました。
そして、ここ2年間で計2億9500万カナダドルを投じて若者雇用戦略(Youth Jobs Strategy)を展開しています。障害を持つ若者やネイティブカナディアンの若者など特に支援のニーズが高い人に対して、スキルを身につけ、仕事を見つけることを支援しています。30000人がプログラムを通じて職を得ることが目標とされていますが、今までに既に20000人が職を得ています。
さて、オンタリオ州の子どもの貧困対策の紹介は以上です。
これだけ様々な対策が、包括的に計画を立てて、目標値の達成のために実施されています。投入されている予算などを考えても明らかに日本と規模が違いますよね。日本の子どもの貧困対策は企業やNPOを巻きこんで進められるようですが、国民を欺く「ショー」のように見えます(むしろ、一番に声を上げるべきNPOの人間を飼い殺しにしようとしているように思えます)。
感想
日本の子どもの貧困対策のことを考えながら以下に簡単に考えたことを書いてみたいと思います。
- (当たり前だが)そもそもホームレス問題や最低賃金・雇用などを含めた貧困対策の大きな枠組みがないとおかしい。子どもの貧困対策はその中の大切な1つ。
- 税金徴収して再配分。それが一番最初。
- 子どもの貧困対策は企業から寄付金を募ってNPOに丸投げしてできるようなものではない。税金使って国が本腰入れて行うべき。
- 貧困対策のための数値目標の設定が明確にされ、いつまでに達成するかを明瞭にする必要がある。
- 結果の平等を力強く目指す必要がある。どういったマイノリティの子どもたちが日常でどのような障壁にぶつかるのかを明らかにした上で適切な支援をするべき。家庭の収入(階層)だけでなく、障害の有無や日本語能力、ジェンダー、セクシャリティ、人種など様々な角度から子どもたちに必要な支援を考えるべき。
- 明らかに「既存のシステムのほころびを繕う」という発想では子どもの貧困対策は機能しないと思われる。
- オンタリオの子どもの貧困対策の中心は学校。公教育がいかに変われるかが鍵。
パナマ文書で日本の富豪たちの税金逃れが発覚しましたが、そういう人たちが経営する企業からの寄付に頼る日本の子どもの貧困対策って何なのよという話ですよ(怒)。子ども食堂や学習支援の広がりはとても素晴らしいことだと思いますが、明らかにそれだけではどうしようもないですよね。今ここの子どもたちへの支援を行いながら国に声をあげていくことが求められているのではないでしょうか。政治をちゃんと機能させたい。
今日はここまで。