こんにちは、入澤です。
今日は先学期の授業の振り返り。
先学期は2つ授業をとりました。1つはCritical Pedagogy, Linguistic Diversity and Cultural Diversityという授業。もう1つはFoucault and the Health Professionという授業です。
Critica Pedagogy〜の方はオンラインの授業でした。自分としてはオンラインで授業をとるのは初めて。映像を見たりとかは特になく、リーディング課題をこなして掲示板上でディスカッションするというもの。個人的には前から勉強している分野だったので知識が深められて良かったなと思う反面、初学でこの授業とっても何が何だかわからんだろうと思ったり。実際、自分の他に日本人の学生で言語教育のコースに所属する人がその授業をとっていたけどチンプンカンプンだった様子。フレイレからジルーやマクラーレンといったCiritical Pedagogyの理論家のところまでマッハで進んでいたし、その後のフェミニストからの批判等もそこらへん学んだことない人にはそりゃ難しかろうと思います。
また、昨年の秋学期のCritical Pedagogyの授業はDepartment of Social Justice Education(SJE)で提供されていたコースだったのに対して、今回はCurriculum, Teaching and Learning(CTL)という自分が所属する学科で提供されるコースでした。SJEはOISEの中でも最も理論偏重、アカデミアで生きていくつもりの人たちが主に学んでいる学科なのに対してCTLは現役教員の人が多く学んでおり、実践に重きを置く学科です。そのため、コースの後半はCritical Pedagogyの実践についての論文を多く読みました。ただ、自分としてはちょっと物足りなかった感があります。実はCTLの中でも2つの学科にさらに分かれているのですが、この授業を提供する学科は言語教育についてコースを提供する学科なんです。そのため、言語的マイノリティに対する教育実践についての論文ばかり読みました。カミンズとかの論文が多かったかな。学ぶことは多かったですが勉強していて「あれ、これどこまでCritical Pedagogyなわけ?ちょっと違うくない?」と疑問に思っていました。まあ、もともとこのコースの創始者が今は名誉教授のカミンズ本人なので偏りは仕方ないのでしょうが。。。
あと、Critical Pedagogyの実践をまだしていない人たちの間であれやこれや実践のこと言っても実りのあるものにはあまりならないなぁと感じました(元も子もないこと書いた笑)。掲示板のディスカッションでよく起こっていたのが、1)「この論文に書いてあるような酷い事例、私の現場にも起こった」「俺も」「俺も」の傷の舐め合い、2)どんな議論していても最後は「教員養成課程でCritical Pedagogyをみんな勉強するようにならないとね」とまとめる教員養成課程への回答丸投げ、3)「政策、制度が変わらない限り難しいよね」という思考停止。特にコースの後半ではディスカッションにコミットするよりも自分で勝手に論文読んでいる方が楽しかったです。でも、1人Hip Hop Pedagogyの実践家の人がいて、その人とのディスカッションは楽しかった。その人のおかげで現場見学も出来たし。それについてはまた別に書きたいところ。
ただ、教授はめちゃめちゃ丁寧に一人ひとりの学生と連絡をとってくれるし、どんな質問にも答えてくれて助かりました。ディスカッションにもいいタイミングで介入してくれていたし、本当に努力されていたのは伝わりました。Critical Pedagogyの必読ブックリストを作成して欲しいと言ったら応じてくれたのはちょっと感動。
他にコースを通じて感じたのは大学院での学習のあり方、キャリアの積み方の多様化です。夫の仕事の都合でオランダに引っ越して現在はインターナショナルスクールで教師をしながらパートタイムの学生としてオンラインでコースワークをこなしている人がいて、こんな生き方もできるようになっているのだなぁとちょっと驚きました。一人ひとりの生き方が多様化している現在では大学院のあり方もそれに対応したものじゃないといけないのでしょうね。
それと、日本で英語教師をしている人とのディスカッションがとても面白かった。日本の言語的マイノリティの子どもたちの現状についてのびっくりするぐらい詳しいレポートを作成されていて感動しました。ネイティブカナディアンの子どもたちへの教育についてしっかりと考えているカナダの教育者にとってはアイヌ民族のことを歯牙にもかけない日本の教育のあり方は信じられないといった感じなのだなぁと改めて考えさせられました。
Foucault and the Health Professionの方は授業自体からはあまり収穫はなかったです。コースの名前からもわかる通り医学(特に精神医学)に関するフーコーの理論を用いた研究について学びました。教授も生徒も医学部の人ばかりでかなり異質な授業でした。自分としてはメソドロジーの部分をちゃんと身につけたいと思ってとった授業だったのですが、肝心な部分がとても適当。それは教授が悪いというよりかは日本と北米のアカデミアの性質の違いのようにも感じられました。Critical discourse Analysisとかは結構日本だと眉唾ものの研究手法といったところがあるのですが、北米だと普通に研究手法として受け止められているのでしょうか?あまり突っ込んだディスカッションもなくサッーと進んでしまい違和感ありあり。
僕の研究はフーコーの統治性をメソドロジーとして用いるものなので、そこについて詳しく知りたかったのですがあまり参考にはなりませんでした。なので、自分で文献調べてずっと勝手に勉強することに。。。期末の課題としてそこらへんをまとめて提出しました。結果としてまとまった時間をとって考えるべきことを考えることができたのでよしとするか、といった感じです。
留学での勉強はいつも情報を得ることの難しさ、日本とカナダのアカデミアの性質の違い、大学の制度の違いや理不尽な適当さなど色んなことに翻弄されます。油断するとすぐにストレスがたまる。修士を終えようとしてやっと色々とわかってきたことも多く悔しい思いもたくさんしています。ただ、大事なのはその場その場でベストを尽くすことなのかなぁと。残りの日々をちゃんと有効に使いたい。
それでは!
2016年5月14日土曜日
2016年5月9日月曜日
近況報告
どうもお久しぶりです、入澤です。
幾度目かの挫折の末、また立ち上がりました。もはや「次こそは定期的に投稿するぞ」的な安い決意表明なんてしません。ただ「出来る範囲で頑張ります」と言うに留めます。
出来る範囲で頑張ります。
さて、久しぶりの投稿なので近況報告を。
先学期の2つの授業を無事にこなし、卒業まで残りの授業は1つとなりました。右も左もわからないままトロントに突っ込んだのがもう2年近く前だなんてちょっと信じられません。ありきたりな表現ですが、この2年でとても大切なことをたくさん学んだ気がします。自分の世界観を揺さぶり人生を変えるような学びの連続でした。自分の研究の方向性がバシッと定まって進む方向が明確になったのも良かったですが、何よりも社会正義のために生きる多くの人との出会いが財産になりました。彼らのマインドセットが落としこまれたことに何よりの価値があります。
最後の授業はAnti-Oppression Education in School Settingsという授業です。Anti-Oppressionとは日本語にすると「反抑圧」。つまり、日常的かつ構造的な差別の問題をどう捉え、どう変革していくかということを勉強していきます。反抑圧的実践は海外のソーシャルワークの世界で重要性が指摘され近年注目されていますが、それは教育の世界でも同じ。OISEの教師教育プログラムにも反抑圧的実践を学ぶ授業があり、去年から聴講したりしていました。反抑圧的実践は今まで勉強していたクリティカル・ペダゴジーとも関係しており、理解を深めたかった領域です。有終の美を飾るべく頑張ります。
あと、最近はトロントの街をうろつきBlack Lives MatterをはじめとしたSocial Movementの現場や面白いプログラムを提供するコミュニティ・センターに顔を出したりしています。トロントで研究していた恩師の先生が帰国間際で色々と見えてくると仰っていたのですが、なんだかその通りになってきました。自分の興味を引く色々なことが見えてきて楽しいです。残りの期間でなるべく多くの場所に顔を出したいところ。
今日はリハビリなのでここまで。では!
幾度目かの挫折の末、また立ち上がりました。もはや「次こそは定期的に投稿するぞ」的な安い決意表明なんてしません。ただ「出来る範囲で頑張ります」と言うに留めます。
出来る範囲で頑張ります。
さて、久しぶりの投稿なので近況報告を。
先学期の2つの授業を無事にこなし、卒業まで残りの授業は1つとなりました。右も左もわからないままトロントに突っ込んだのがもう2年近く前だなんてちょっと信じられません。ありきたりな表現ですが、この2年でとても大切なことをたくさん学んだ気がします。自分の世界観を揺さぶり人生を変えるような学びの連続でした。自分の研究の方向性がバシッと定まって進む方向が明確になったのも良かったですが、何よりも社会正義のために生きる多くの人との出会いが財産になりました。彼らのマインドセットが落としこまれたことに何よりの価値があります。
最後の授業はAnti-Oppression Education in School Settingsという授業です。Anti-Oppressionとは日本語にすると「反抑圧」。つまり、日常的かつ構造的な差別の問題をどう捉え、どう変革していくかということを勉強していきます。反抑圧的実践は海外のソーシャルワークの世界で重要性が指摘され近年注目されていますが、それは教育の世界でも同じ。OISEの教師教育プログラムにも反抑圧的実践を学ぶ授業があり、去年から聴講したりしていました。反抑圧的実践は今まで勉強していたクリティカル・ペダゴジーとも関係しており、理解を深めたかった領域です。有終の美を飾るべく頑張ります。
あと、最近はトロントの街をうろつきBlack Lives MatterをはじめとしたSocial Movementの現場や面白いプログラムを提供するコミュニティ・センターに顔を出したりしています。トロントで研究していた恩師の先生が帰国間際で色々と見えてくると仰っていたのですが、なんだかその通りになってきました。自分の興味を引く色々なことが見えてきて楽しいです。残りの期間でなるべく多くの場所に顔を出したいところ。
今日はリハビリなのでここまで。では!
2016年1月26日火曜日
インクルーシブ教育に必要な3つのもの?それは窓、鑑そしてドア?
どうも入澤です。
今日は先学期のEducational Activismの授業で教授が話していて「なるほど。わかりやすい!」と思ったインクルーシブ教育のカリキュラムのお話。
日本だとまだまだ特別支援教育の延長で話される傾向があるインクルーシブ教育ですが、カナダだと多文化教育などとあまり境界線を設けずに議論されている印象です。人種の違い、宗教の違い、障害の有無、言語の違い、身体的特徴の違い等など、そういった違いを持った人たちがどうしたら一緒の教室で学ぶことができるのか?というのがインクルーシブ教育が向き合っている問いです。この時、教室内の表面上の平等を達成して喜んでいるだけでなく、構造上の大きな不平等にも目を向けるべきだというよりラディカルな立場が今や主流です。その立場を明確にする意味でも社会正義教育(social justice education)という言葉が最近はよく使われます。
さて、教授は昔実際に教師としてトロントで働いた経験がある人で、教育委員会で子どもの貧困対策などEquityの問題を全般的に扱う部署のトップも勤めた、実践からの叩き上げの人でした。教授が言うにはインクルーシブ教育を本当に意味のあるものにするにはカリキュラムの中に3つのものが必要だとのこと。その3つというのは窓、鑑そしてドア。
一つ目は他者の現実を見るための窓。教室の外の世界に広がる過酷な差別、搾取、抑圧の現実を見つめるための機会がカリキュラムに含まれないといけない。まあ、でもこれは無いとお話にならない。
二つ目が生徒が自分自身を見つめるための鏡。自分の生活のあり方を振り返り、自分が持っている特権について考える機会がカリキュラムの中で確保されていないといけません。「世の中がこうなっているということは知った、じゃあ自分はその世の中でどう生きているのか?」というのが次に問うべき問いです。
最後はドア。ドアは行動と挑戦の象徴です。生徒が自分自身の問題として社会課題を捉えて、行動のために一歩踏み出すことを教師は後押しするべきです。教師は常に学習過程で生徒の中に生じる「それはおかしい!」というunfairnessの感覚を大切にし、それをプラスのエネルギーへと変換するのを助けないといけない。「私に何が出来るのだろう。。。」でカリキュラムを終えるべきではないのです。「世界にあるこの大きな問題に対して、私にはこれができるのだ」という気持ちを育み、一人ひとりが自分をチェンジ・メーカーと思え、考えたことを実践していることが理想です。
さて、「窓、鑑、ドア」というのはとても簡単なフレームワークですが、先生が自分のカリキュラムを見直すのにとても便利だと思います。役立ててもらえたら嬉しいなと思います。
では、勉強に戻ります。
今日は先学期のEducational Activismの授業で教授が話していて「なるほど。わかりやすい!」と思ったインクルーシブ教育のカリキュラムのお話。
日本だとまだまだ特別支援教育の延長で話される傾向があるインクルーシブ教育ですが、カナダだと多文化教育などとあまり境界線を設けずに議論されている印象です。人種の違い、宗教の違い、障害の有無、言語の違い、身体的特徴の違い等など、そういった違いを持った人たちがどうしたら一緒の教室で学ぶことができるのか?というのがインクルーシブ教育が向き合っている問いです。この時、教室内の表面上の平等を達成して喜んでいるだけでなく、構造上の大きな不平等にも目を向けるべきだというよりラディカルな立場が今や主流です。その立場を明確にする意味でも社会正義教育(social justice education)という言葉が最近はよく使われます。
さて、教授は昔実際に教師としてトロントで働いた経験がある人で、教育委員会で子どもの貧困対策などEquityの問題を全般的に扱う部署のトップも勤めた、実践からの叩き上げの人でした。教授が言うにはインクルーシブ教育を本当に意味のあるものにするにはカリキュラムの中に3つのものが必要だとのこと。その3つというのは窓、鑑そしてドア。
一つ目は他者の現実を見るための窓。教室の外の世界に広がる過酷な差別、搾取、抑圧の現実を見つめるための機会がカリキュラムに含まれないといけない。まあ、でもこれは無いとお話にならない。
二つ目が生徒が自分自身を見つめるための鏡。自分の生活のあり方を振り返り、自分が持っている特権について考える機会がカリキュラムの中で確保されていないといけません。「世の中がこうなっているということは知った、じゃあ自分はその世の中でどう生きているのか?」というのが次に問うべき問いです。
最後はドア。ドアは行動と挑戦の象徴です。生徒が自分自身の問題として社会課題を捉えて、行動のために一歩踏み出すことを教師は後押しするべきです。教師は常に学習過程で生徒の中に生じる「それはおかしい!」というunfairnessの感覚を大切にし、それをプラスのエネルギーへと変換するのを助けないといけない。「私に何が出来るのだろう。。。」でカリキュラムを終えるべきではないのです。「世界にあるこの大きな問題に対して、私にはこれができるのだ」という気持ちを育み、一人ひとりが自分をチェンジ・メーカーと思え、考えたことを実践していることが理想です。
さて、「窓、鑑、ドア」というのはとても簡単なフレームワークですが、先生が自分のカリキュラムを見直すのにとても便利だと思います。役立ててもらえたら嬉しいなと思います。
では、勉強に戻ります。
2016年1月24日日曜日
本物の声とぶつかるということ
先学期のCritical and Feminist Pedagogiesというコースの思い出をちょっと書いてみようと思います。とても面白いコースで、最初はパウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』を読んだり、Critical Pedagogy Readerからいつくか論文を読んだりしていました。話題は徐々にフェミニストの教育者からのクリティカル・ペダゴジーへの批判に焦点が移っていき、後半はクィア理論とかも扱いました。
コースで学んだ内容も紹介したいのですが、今回はちょっと違う視点から振り返りたいなと思います。それは一人ひとりの語り。
オンタリオ教育研究所で学んでいると差別や抑圧についてクラスで語る時、クラスメイトの当事者としての語りを聞く機会がよくあります。クラスの中には黒人もいればネイティブカナディアンもいますし性的少数者もいます。彼らの経験についての語りを聞く度にガツンと頭を殴られる様な衝撃を感じます。そういう「ガツンとくるやつ」が特にCritical and Feminist Pedagogiesの授業では多かった。
例えば、教授が友人の教授をゲストティーチャーで呼んでくることが何度かあったのですが、そのうちの一人は70歳ぐらいの女性で(海外の大学だと定年過ぎても普通に教えてる人多い。名誉教授でなくても。)エジプトからの移民のレズビアンの教授。黒でも白でもないブラウンの肌を持つ者として感じてきた抑圧、レズビアンとして受けてきた差別、そして故郷を失った第三世界出身者としての喪失感、漂流感。そういった自身の経験の語りを織り交ぜながら執筆された論文について講義してもらったとき、圧倒されて自分をとても小さなものに感じると同時に、この人からこの授業をしてもらえて本当に幸せだと思いました。黒人フェミニストとして有名なベル・フックスという教授が「白人の教授と黒人の教授だったら、私は黒人の教授から学びたいと言う。教える内容は同じかもしれないが、後者には存在への情熱を感じるからだ。」みたいなことを言っているのですが、きっと存在への情熱っていうのはこういう感覚なんだなぁと授業が終わった後の帰り道、しみじみと思っていました。
また、とても仲良くなったクラスメイトに僕と同じぐらいの年齢の女性でイランからの移民だという人がいました。Colors of fearというアメリカの様々な人種の人たちが人種の問題について本音で語り合う映画を見た後、その女性が「カナダはマルチカルチャリズムを掲げているが現実は違う。マルチカルチャリズムなんて大声で皆が言ってるから私は何も言えなくなった。ずっとずっと私は白でも黒でもない茶色の肌で、周りに馴染む感覚を得られなかった。自分が苦しいということさえちゃんと自己認知出来たのはつい最近だ。この映画には私が写っていた。」と感情を乱しながら言っていました。彼女の発言を受けてクラス皆がちょっとずつ話したのですが、僕は何も話せませんでした。話そうと思えば話せるのですが、その時は話すべきではないと思ったんです。
社会の中で自分が持っている特権(カナダで社会正義を考える時、privilegeの話は必須です。これについてはまたどこかで書きましょう。)について自分がどこまで本気で考えていたのだろうか?という問いが自分に迫っていて、そんな中途半端な自分にはこの人の言葉に軽々しく共感を示すことはできないと思えました。自分という存在はカナダの文脈に馴染んでいないのでカナダの政治や文化について何か言うこともできませんし、日本について軽々しいことを言うことも憚られました。このコースの残りの期間、僕はずっとこの日のことを考えて過ごしました。すると教授はそのことに気がついてくれ、最終課題のエッセイのライティングパートナー(お互いのエッセイをフィードバックしあう組)にその女性を選んでくれました。
彼女のエッセイについて詳細を書くことはできません。ただ、そのエッセイはイラン・イラク戦争の勃発、フセインによる反旗を翻した若者への粛正によって国を追われ、両親と共にカナダに渡ったというような書き出しで、とても圧倒されたのを覚えています。「私の人種化された体(racialized body)は大国の政治ゲームで生まれた」という言葉を前に、移民の受け入れを頑に拒む豊かな国から来た自分はどんな言葉を発せられるでしょうか?
「他者の存在をブログのネタにして消費する」というのは一つの不正義になりえることだと思います。ただ、目撃した現実を鑑賞の域にとどめ証言することを拒むことも一つの不正義だと思います。自分が日本からの留学生であることを考えると書く方がいいと判断しました。実証的な数字が真理として認められる時代にあって、証言者としての語りはあいまいなものとして否定される傾向にどんどんなっていくのでしょう。それでも、現実を目撃し続けなければならないし、証言し続けなければならない。自分の証言が正しいものとして認められるように、少しでも賢くならないといけない。学問をするというのは自分にとってそういうことなのでしょう。Critical and Feminist Pedagogiesというコースをとって、そんなことを考えました。
コースで学んだ内容も紹介したいのですが、今回はちょっと違う視点から振り返りたいなと思います。それは一人ひとりの語り。
オンタリオ教育研究所で学んでいると差別や抑圧についてクラスで語る時、クラスメイトの当事者としての語りを聞く機会がよくあります。クラスの中には黒人もいればネイティブカナディアンもいますし性的少数者もいます。彼らの経験についての語りを聞く度にガツンと頭を殴られる様な衝撃を感じます。そういう「ガツンとくるやつ」が特にCritical and Feminist Pedagogiesの授業では多かった。
例えば、教授が友人の教授をゲストティーチャーで呼んでくることが何度かあったのですが、そのうちの一人は70歳ぐらいの女性で(海外の大学だと定年過ぎても普通に教えてる人多い。名誉教授でなくても。)エジプトからの移民のレズビアンの教授。黒でも白でもないブラウンの肌を持つ者として感じてきた抑圧、レズビアンとして受けてきた差別、そして故郷を失った第三世界出身者としての喪失感、漂流感。そういった自身の経験の語りを織り交ぜながら執筆された論文について講義してもらったとき、圧倒されて自分をとても小さなものに感じると同時に、この人からこの授業をしてもらえて本当に幸せだと思いました。黒人フェミニストとして有名なベル・フックスという教授が「白人の教授と黒人の教授だったら、私は黒人の教授から学びたいと言う。教える内容は同じかもしれないが、後者には存在への情熱を感じるからだ。」みたいなことを言っているのですが、きっと存在への情熱っていうのはこういう感覚なんだなぁと授業が終わった後の帰り道、しみじみと思っていました。
また、とても仲良くなったクラスメイトに僕と同じぐらいの年齢の女性でイランからの移民だという人がいました。Colors of fearというアメリカの様々な人種の人たちが人種の問題について本音で語り合う映画を見た後、その女性が「カナダはマルチカルチャリズムを掲げているが現実は違う。マルチカルチャリズムなんて大声で皆が言ってるから私は何も言えなくなった。ずっとずっと私は白でも黒でもない茶色の肌で、周りに馴染む感覚を得られなかった。自分が苦しいということさえちゃんと自己認知出来たのはつい最近だ。この映画には私が写っていた。」と感情を乱しながら言っていました。彼女の発言を受けてクラス皆がちょっとずつ話したのですが、僕は何も話せませんでした。話そうと思えば話せるのですが、その時は話すべきではないと思ったんです。
社会の中で自分が持っている特権(カナダで社会正義を考える時、privilegeの話は必須です。これについてはまたどこかで書きましょう。)について自分がどこまで本気で考えていたのだろうか?という問いが自分に迫っていて、そんな中途半端な自分にはこの人の言葉に軽々しく共感を示すことはできないと思えました。自分という存在はカナダの文脈に馴染んでいないのでカナダの政治や文化について何か言うこともできませんし、日本について軽々しいことを言うことも憚られました。このコースの残りの期間、僕はずっとこの日のことを考えて過ごしました。すると教授はそのことに気がついてくれ、最終課題のエッセイのライティングパートナー(お互いのエッセイをフィードバックしあう組)にその女性を選んでくれました。
彼女のエッセイについて詳細を書くことはできません。ただ、そのエッセイはイラン・イラク戦争の勃発、フセインによる反旗を翻した若者への粛正によって国を追われ、両親と共にカナダに渡ったというような書き出しで、とても圧倒されたのを覚えています。「私の人種化された体(racialized body)は大国の政治ゲームで生まれた」という言葉を前に、移民の受け入れを頑に拒む豊かな国から来た自分はどんな言葉を発せられるでしょうか?
「他者の存在をブログのネタにして消費する」というのは一つの不正義になりえることだと思います。ただ、目撃した現実を鑑賞の域にとどめ証言することを拒むことも一つの不正義だと思います。自分が日本からの留学生であることを考えると書く方がいいと判断しました。実証的な数字が真理として認められる時代にあって、証言者としての語りはあいまいなものとして否定される傾向にどんどんなっていくのでしょう。それでも、現実を目撃し続けなければならないし、証言し続けなければならない。自分の証言が正しいものとして認められるように、少しでも賢くならないといけない。学問をするというのは自分にとってそういうことなのでしょう。Critical and Feminist Pedagogiesというコースをとって、そんなことを考えました。
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