2016年1月24日日曜日

本物の声とぶつかるということ

先学期のCritical and Feminist Pedagogiesというコースの思い出をちょっと書いてみようと思います。とても面白いコースで、最初はパウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』を読んだり、Critical Pedagogy Readerからいつくか論文を読んだりしていました。話題は徐々にフェミニストの教育者からのクリティカル・ペダゴジーへの批判に焦点が移っていき、後半はクィア理論とかも扱いました。

コースで学んだ内容も紹介したいのですが、今回はちょっと違う視点から振り返りたいなと思います。それは一人ひとりの語り。

オンタリオ教育研究所で学んでいると差別や抑圧についてクラスで語る時、クラスメイトの当事者としての語りを聞く機会がよくあります。クラスの中には黒人もいればネイティブカナディアンもいますし性的少数者もいます。彼らの経験についての語りを聞く度にガツンと頭を殴られる様な衝撃を感じます。そういう「ガツンとくるやつ」が特にCritical and Feminist Pedagogiesの授業では多かった。

例えば、教授が友人の教授をゲストティーチャーで呼んでくることが何度かあったのですが、そのうちの一人は70歳ぐらいの女性で(海外の大学だと定年過ぎても普通に教えてる人多い。名誉教授でなくても。)エジプトからの移民のレズビアンの教授。黒でも白でもないブラウンの肌を持つ者として感じてきた抑圧、レズビアンとして受けてきた差別、そして故郷を失った第三世界出身者としての喪失感、漂流感。そういった自身の経験の語りを織り交ぜながら執筆された論文について講義してもらったとき、圧倒されて自分をとても小さなものに感じると同時に、この人からこの授業をしてもらえて本当に幸せだと思いました。黒人フェミニストとして有名なベル・フックスという教授が「白人の教授と黒人の教授だったら、私は黒人の教授から学びたいと言う。教える内容は同じかもしれないが、後者には存在への情熱を感じるからだ。」みたいなことを言っているのですが、きっと存在への情熱っていうのはこういう感覚なんだなぁと授業が終わった後の帰り道、しみじみと思っていました。

また、とても仲良くなったクラスメイトに僕と同じぐらいの年齢の女性でイランからの移民だという人がいました。Colors of fearというアメリカの様々な人種の人たちが人種の問題について本音で語り合う映画を見た後、その女性が「カナダはマルチカルチャリズムを掲げているが現実は違う。マルチカルチャリズムなんて大声で皆が言ってるから私は何も言えなくなった。ずっとずっと私は白でも黒でもない茶色の肌で、周りに馴染む感覚を得られなかった。自分が苦しいということさえちゃんと自己認知出来たのはつい最近だ。この映画には私が写っていた。」と感情を乱しながら言っていました。彼女の発言を受けてクラス皆がちょっとずつ話したのですが、僕は何も話せませんでした。話そうと思えば話せるのですが、その時は話すべきではないと思ったんです。

社会の中で自分が持っている特権(カナダで社会正義を考える時、privilegeの話は必須です。これについてはまたどこかで書きましょう。)について自分がどこまで本気で考えていたのだろうか?という問いが自分に迫っていて、そんな中途半端な自分にはこの人の言葉に軽々しく共感を示すことはできないと思えました。自分という存在はカナダの文脈に馴染んでいないのでカナダの政治や文化について何か言うこともできませんし、日本について軽々しいことを言うことも憚られました。このコースの残りの期間、僕はずっとこの日のことを考えて過ごしました。すると教授はそのことに気がついてくれ、最終課題のエッセイのライティングパートナー(お互いのエッセイをフィードバックしあう組)にその女性を選んでくれました。

彼女のエッセイについて詳細を書くことはできません。ただ、そのエッセイはイラン・イラク戦争の勃発、フセインによる反旗を翻した若者への粛正によって国を追われ、両親と共にカナダに渡ったというような書き出しで、とても圧倒されたのを覚えています。「私の人種化された体(racialized body)は大国の政治ゲームで生まれた」という言葉を前に、移民の受け入れを頑に拒む豊かな国から来た自分はどんな言葉を発せられるでしょうか?

「他者の存在をブログのネタにして消費する」というのは一つの不正義になりえることだと思います。ただ、目撃した現実を鑑賞の域にとどめ証言することを拒むことも一つの不正義だと思います。自分が日本からの留学生であることを考えると書く方がいいと判断しました。実証的な数字が真理として認められる時代にあって、証言者としての語りはあいまいなものとして否定される傾向にどんどんなっていくのでしょう。それでも、現実を目撃し続けなければならないし、証言し続けなければならない。自分の証言が正しいものとして認められるように、少しでも賢くならないといけない。学問をするというのは自分にとってそういうことなのでしょう。Critical and Feminist Pedagogiesというコースをとって、そんなことを考えました。









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